「奇跡」

「奇跡」 著者:林真理子

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フィクションのような、ノンフィクションの話。

大人になればなるほど恋愛って、こんな綺麗にはいかないし、事実はもっと複雑で想像出来ないくらい大変だったのかもしれないけど、それでもこれが現実であることに勇気をもらった。

田原桂一という世界的な写真家と、梨園の妻である博子の二人の物語。

お互いの愛し合う姿はもちろんだが、田原(敬称略)の愛し方に感動した。

甘いだけでなく、自分の信念を大事にしつつ愛する相手のことを何より考えていること。簡単なようでとても難しい。仕事も愛する人も、決して諦めない姿は、いつか私もたどり着きたい境地である。

「もう気持ちを抑えられないんだ」

「君を諦めなくて良かった。我慢しなくて良かった。」

というストレートな言葉が安っぽく感じないのは、田原だからこそだろう。

二人がついに籍を入れることを決めたときの話。田原がポロリと

「僕、死んじゃうよ・・・」

と言ったという。物語の中で説明される文面以上に、重く感じた。

私もそれくらい、今の彼のことを愛していきたい。愛し通したい。

自信はない。だからこそ、この物語には勇気をもらえたのだろう。

さて、以下は不快に感じられるかたもいるかもしれないので、自己責任でお願いします。女としてではなく、一医者としてのただの感想である。

田原は肺癌で命を落とすことになる。

発見から亡くなるまでの一部始終を博子目線で描かれている。

博子のすべてが描かれているとは思わないし、著者である林真理子の描き方にもよると思うのだが、どうしても違和感しか感じられず、最後はほぼ流し読みに近い形になってしまった。

消化器内科、というのはどうしても癌患者と関わることが多い。

それは、内視鏡治療でなおる早期のものから発見時には転移の有するstageⅣと呼ばれる状態もすべて含まれる。

勤務していた病院に消化器を専門とする腫瘍内科専門医の先生がいたことが一番大きいと思うのだが、いつからか私は腫瘍内科になりたいと思うようになった。

腫瘍内科とは主に全身癌薬物療法を専門に診る科であり、全国的に見ても専門医と言われる医者は多くない。癌治療というのはまだまだ新しい概念なのである。

所謂StageⅣの状態でも、いまや根治を目指せる時代になった一方で、まだたくさんの患者が命を落としている。

私は消化器腫瘍内科として多くの患者と出会い、その最期を現実に見てきた。

田原と博子は必死でベストな癌治療を見つけるべく奔走する。人脈そして金銭的余裕があるからこそかもしれないが、ベストを探すあまりにその時点での「標準治療」を行わなかった。いや、そこまでにたどり着くのに時間がかかった。かかりすぎた。

「標準治療」というのは、その時点までに蓄積された、たくさんの癌治療のデータをもとに、現時点で最も効果があると科学的に証明されたものである。それにはたくさんの医療関係者と、そして患者の努力がある。

それをないがしろにして、(という言い方は正しいかわからないが、少なくとも私にはそう読めた)時間ばかりがたっていくのである。

医者の知り合いもいたという。どうして、だれも助言ができなかったのか。小説の中の博子は恐ろしいほどの信念の持ち主(言ってしまえば頑固)であったからなのか。

そして何より嫌悪感を抱いた内容は

抗癌剤によって他の細胞も破壊され、またたくまに痩せ衰え死んでいった友人、知人を何人もみていたからだ。

〜中略〜

最初から抗癌剤漬けになりやつれたまま亡くなるよりずっとよかった。

腫瘍内科、そして全ての抗癌剤治療を行っている医師に対しても侮辱にも感じた。

stageⅣに対する治療は、まだ残念ながら根治を目指すものではない。

目的は「延命と症状緩和」である。

さらに平たくいえば、「癌患者が残りの人生を、少しでも健康に長く、その人らしく過ごせるように」治療を行うことが目的である。

それは、ガイドラインに沿った紋切り型の抗癌剤を投与するだけではない。

どの治療を、どのタイミングで、どのくらい行うのか。患者自信の希望・人生観を優先しつつ、その時点でのベストな治療を選択する。

積極的に抗癌剤をしない、ということも含まれる。

その微妙な選択を日々、本当に日々、悩みながら診療をしているのである。

しかし小説の中には、抗癌剤のネガティブなイメージ(もちろん世間一般はそのように感じている人が多いことも事実)が、あまりにも強く描かれすぎている。

これは今現在、癌治療を頑張っている患者・医療者に対してあまりにも遠慮のない内容であると思う。好き好んで患者を痩せ衰えさせたい医療者がどこにいるというのか。

そして、田原の最期において博子の献身的な介護は、本当に彼の健康を思うならば正しいことであったのか。緩和ケアに対しても医療者とぶつかるシーンが描かれているが、苦痛をとることよりも二人でいることを積極的に望み、その姿をヒーローかのように描く。

あくまで小説の中である。それでも気持ち悪ささえ覚えた。

なんだかんだと書いたが二人が納得して幸せであればそれでいい。いや、それが一番大切なことである。私の意見は野暮でしかない。ただ、田原と博子のような聡明な人間であれば、他の結末もあったのではないかと思ってしまうのは医者のエゴなのだろうか。

正解はない。正解のない世界の中で我々は戦っている。

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